お侍様 小劇場
 extra

   “久し振りだったネvv” 〜寵猫抄より


残暑をいつまでも引きずった秋は、そのくせ、
お彼岸とか霜降とか、
丁度 暦の節目となる頃合いに急に寒気が増し。
ああこれで何とか秋めくかと思わせといて、
だってのをあっさりと裏切っちゃあ、
やっぱり平年よりも高い気温に戻ってしまっていた日々が続いた。
いつ始まるものかとじりじりさせつつ、
いつまでも夏の気配の消えぬ、
何とも落ち着きの悪い秋だったけれど、

 「ま、さすがに十一月ともなれば、
  半袖でいられるほどとはいきませんやね。」

作物への影響も出ているくらいで、
元気に動きやすいのだから暖かいのも重畳…だなんて、
罰当たりなことを思ってはならない。
第一、

 「不意打ちっぽく、
  用意もないのにいきなり冷え込まれると、
  風邪を拾いかねませんからね。」

それが一番困りますと、
眉を下げてまでという悩ましげなお顔で言ったほど、
急に冷え込み出したこと、
ともすれば歓迎してでもいるかのような、
そんな口ぶりとなっていた七郎次だったのは。
どちらかと言えば北方生まれらしいせいか、
暑さは苦手だが寒いのはさほど堪えない身だからでもあろう。
しかもしかも、そんな彼とは真逆で、
母方の実家のある静岡で幼少期を過ごした勘兵衛は、
東京の冬でも結構 堪える身であるらしく。
そんな御主の体調管理を預かる立場でもある七郎次にしてみれば、
どうせずっとずっと暖かいままなワケじゃあないのなら、
とっとと防寒態勢に入れるよう、
ぱきーっと寒さが来ておくれ…くらいは思っていたのかも知れず。

 「…アタシは そこまでせっかちじゃあありませんてば。」

  あ、聞こえてましたか、失礼しました。
(苦笑)

寒いのに強いというよりも、
的確な支度を怠らないというほうが正しいか。
もっと以前から、朝晩の気温は結構下がっていたのでと、
毎朝、一番最初に起き出して、
空気の入れ替えや朝食の準備やへ、
ぱたぱたとあちこち行き来するおりも、
カーディガンやら薄手のジャンパーやら、
早い時期から しっかと羽織っていた彼であり。
そんな彼でも、ああこれはいよいよかなと感じたのが、
紅葉の便りの話さえ あまり聞かれなかった十月も終盤となったころ。

 「ありゃまあ、やっぱり降りましたねぇ。」

こんなにも遅くにやって来た台風と、
それに刺激された秋雨前線が降らす雨のせいもあってのこと。
微妙に下がり気味だった気温がそのまま上がらず、
今度ばかりは落ち着くものか、
昼間近になってもどこか寒々しい空気のまんまな月末を迎えたのだが。

 「…みゃあ。」

既に夜中から台風による強い風が吹き始めており。
その物音が気になったものか、
いつもの時間帯に居間の猫ベッドへ寝かしつけても、
珍しいことにはキッチンまで トコトコ出て来てしまった彼だったので。
ダイニングのテーブルで資料整理に精を出していた七郎次を、
おおおと案じさせた小さな坊や。

 『ありゃありゃ。』

寒かったですかと、
先日編み上げたばかりの、
ふわふわなモヘアのカーディガンを羽織らせてやったけれど。
一緒に居間へと戻った七郎次のお膝に抱きついて、
何とか寝ようとしてはいたものの、
時々キョロキョロと辺りを見回したり、
小さなその身をもっと丸めたりしていた仔猫様だったのは。
風の音やら家鳴りの音がうるさいからか、
それとも夜気の肌合いが微妙に寒かったのか。
なかなか寝付かぬ小さな背中、よーしよーしと いたわるようにして。
七郎次が ずっとずっと撫でてやっていたほどで。
そんなこんなで遅寝になってしまったからか。
いつもだったら、門柱のところまで新聞を取りに行った七郎次を、
玄関の上がり框のところまで出迎えに来てくれるものが。

 「おや、おはようさんです。」

今朝は朝ご飯の支度が整った頃合いになってやっと、
眠たそうに腫れぼったい目許をこしこしと、
小さなやわやわのお手々でこすりつつ、
ほてほてとダイニングへまでやって来た仔猫様。
冬毛へと“衣替え”が始まりつつあるらしく、
夏場は半袖半ズボンだったのが、
まずは上着が長袖になったのが先月の終わりで。
今はボトムも裾長になっているものの、
それでもどこか寒そうにしていたのでと。
カンナ村から昨年いただいた毛糸を引っ張り出した七郎次。
もはや手慣れた様子にて、
小さな坊やのその身を温める、
特製のベストやカーディガンを編み始めてもおり。
仔猫のやあらかい毛並みだけでは寒かろう、
来たるべき冬場の外気へ
対抗させる準備も万端…としただけに収まらず。

 「久蔵、こっちおいで。」

実は…あんまり寒そうにしていた坊やだったので。
日頃は滅多にしないことだが、
昨夜は勘兵衛が執筆中だったこともあり、
七郎次が自分の寝床まで抱えて行っての、一緒に寝かせていたのだが。
そちらから真っ直ぐやって来たらしい仔猫の坊やを、
どーらとすんなりした腕延ばし、
ひょいと軽々抱き上げたおっ母様。
表情も覚束無いまま、金色の綿毛を軽やかに揺らし。
それでも“にゃあ?”と物問いたげに小首を傾げる様子も愛らしい、
小さな小さな坊やを抱え、

 「あのね? 今朝はリビングに いいもの出したんだよ?」
 「みゅう?」

小さく鳴いたのは、まだ朝ご飯じゃないの?と訊いているものか。
ほかほかと湯気を立てているぴかぴかのご飯や、
香ばしい匂いのする紅マスの焼いたのが並んだテーブルが遠ざかるの、
あれれぇ?とおっ母様の肩越しに見やった坊やだったものの。
それらを置き去りにしてまで、
七郎次がとたとたと足早に向かった先は、
いつもならそこで久蔵が目覚めていたリビングであり。

 「???」

庭を向いてる大きな掃き出し窓の外は、
いつの間にやら降り出した雨に冷たく塗り潰された、
どこか薄暗い朝を迎えており。
そんな寒々しさと裏腹、
じんわりと温かい七郎次の懐ろに抱っこされ、
またもや眠気にくるみ込まれかかった小さな久蔵だったのへ、

 「おお、起きて来やったか。」

そんなお声を掛けて来たのは、
依頼原稿を何とか夜半に仕上げたらしい勘兵衛で。
期限には間のある余裕の完成。
なので、気力をごそりと削られの消耗しのと…することもなく、
それでもやれやれと、秘書殿の寝間を覗いたところが、
愛しの君の懐ろには、小さな先客がその身を丸めて眠っておいで。
おやまあと引き返しかかった御主の大ぶりな手を、
実は起きてた誰かさんがはっしと捕まえて。
ちょっぴり窮屈ながらも川の字になって眠って、さて。

 「ほれ。待望のご対面だ。」

低めに響くいい声でまで
“おいでおいで”と手招きして来るお人の方を、
何ぁに?どしたの?と振り返った仔猫の視線の先にあったのは。


  ……………みゃ?


お別れしたのは いつだったかしら。
そのまま梅雨寒が引き続き、冷たい夏になるのかと危ぶまれた、
約半年前の五月頃じゃあなかったか。
昨日まではソファーがあったはずの場所。
晩になったら久蔵の猫ベッドを置いてもらう、
長い方のソファーは、今は壁際に避けられていて。
ぽかりと空いた空間の、濃色の板の間にラグを敷き、
その上へ椿の花を伏せたようにふかふかの布団を広げて天板を載せた、
そりゃあそりゃあ温ったかい冬のお供がそこにはあって。
もうちょっと久蔵が大人だったら、
富士山みたいだと比喩できたかもしれない、
そんな形の、そう“やぐらコタツ”さんが。
窓辺より少しほど離れた辺りのリビングの真ん中、
以前もそこにあった場所に、でーんと鎮座ましましているではないか。

 「……………。」
 「久蔵? 覚えてないの?」
 「二度目の冬に出した折は、ちゃんと覚えておったろに。」

抱えられた七郎次の懐ろで、ひくりとも動かなくなった仔猫であり。
不審なものだと警戒しているのでしょうか、
いやいや そんなことはあるまいにと、
最初の位置から互いに動かぬまま、
主従がこそこそ意見交換をしていたが、

  はうぅう〜〜〜vv/////////

あっと言う間に、
居心地がよかっただろうおっ母様の懐ろから、ぴょいと軽々飛び降りて。
ふかふかのコタツ布団へ、
その小さな身をぱふんと伏せるよにして しがみついている久蔵で。
結構な高さからだ、危ない危ないと咄嗟に七郎次も身を屈めたものの、
それでも随分と思い切ったダイビングであり。

 「う〜ん、
  こういう芸当をこなす時は さすが猫だのと思い出させおるの。」
 「なに言ってますか、勘兵衛様。」

身の軽い猫でもハムスターでもね、
自分の身長以上の高低差を、
無茶な飛び降り方するのは危ないんですってよ。
もーりんさんの姪御さんが飼ってたハムちゃんも、
腰だか背骨だかを傷めて半身不随になって、
まだまだ子供だったのに急逝しちゃったんですからね、と。
目上の御主が相手でも譲れませんということか、
“メッ”というお叱りを入れたほど。
とはいえ、

 「♪♪♪」

そんな御主のお膝によじよじと登り、
居場所を決めてのあらためて、
小さな肩をゆるめつつ“はう〜vv”という安堵の吐息をついた、
仔猫様の屈託のなさには、

 「………。」
 「〜〜〜。」

顔を見合わせ、そのまま同じ間合いで苦笑をこぼした主従二人で。

 「ツリーより早いなんて、やっぱり甘いですかね。」
 「まあ、アドベントカレンダーには隠し切れん大きさだしな。」

クリスマスまで4週と迫った日曜から
数え始める期間を“アドベント”といい、
それを数えるお楽しみ、
毎日数字を追いながら小窓や小箱を開ける仕掛けのあるカレンダーを、
アドベントカレンダーというのだが。
キャンデーやチョコ、ツリーに下げるオーナメントならともかく、
この大きさでは確かに、どんな小窓にも収まりゃしなかろう。
洒落た言いようをした島田せんせえへ、
そうですねとニッコリ微笑って応じられる秘書殿の、
阿吽の呼吸も相変わらずにお見事な、
そんな二人が、暖かな微笑でもって見やった、当の仔猫様はといえば。

 「〜〜〜〜vv」

かすかに喉奥をぐるると鳴らしつつ、
幸せ一杯と言いたげな、満足しきりのお顔になって。
勘兵衛の大きな手で撫でられながら、
冬場の至福に早くもうっとりとひたっておいでのご様子で。
大きい窓の外では、素っ気ないほど冷たい雨が、
何に当たるか時折たんとん堅い音を立てては、
静かに降りしきっていたけれど。
そんなもの、意識の遠くへ追いやってしまい、
ある意味、この世の春を満喫していた坊やだったようでございます。

 「ところで七郎次、腹が減ったのだが。」

 「あ、そうでしたね。
  ……久蔵は動きそうもないようですし、
  此処へ運びましょうね。」

 「そうさの。」

 朝や昼間の習慣も、こうして冬仕様へ変わってゆくワケやね。
(苦笑)






   〜Fine〜  2010.10.31.


  *仔猫様、コタツと再会すの巻でしたvv
   いやはや、急に冷え込んだので、
   まだ出してなかった冬物を引っ張り出しつつ、
   半袖を仕舞うという慌ただしさの中。

   『島田せんせえのところじゃあ、
    仔猫様には待望のアレを、
    もう出してやってるのかなぁ』

   ……と、想いが至りましたのvv
   別のお話でフライングしておりましたその経緯、
   こういう次第だったそうでございます。
   この後、久蔵ちゃんは、
   陽気が戻ってもひたすら傍らに懐き続けて。
   一人にしないからねと言ってるような懐きようへは、
   シチさんの弟くらいに思っているのかもなんて、
   ヘイさんからからかわれたりして。
(笑)
   例のお兄ちゃんから掛かってきた電話でも自慢しまくり、
   その折に、柔道大会の話を七郎次が漏れ聞いて、
   じゃあ応援しに行きますねという約束を取り付けたらしいですvv

めーるふぉーむvv ご感想はこちらvv

メルフォへのレスもこちらにvv


戻る